1980年代の高校吹奏楽界に一大旋風を巻き起こした神奈川県立野庭高校吹奏楽部。
コンクールでは、ミスのない演奏が最良とされた時代に、人の心を揺さぶる“冒険の音楽”を持ち込み、全国にその名を轟かせたのが、中澤忠雄さんが率いる神奈川県立野庭高校の吹奏楽部です。
野庭高校吹奏楽部の奏でる音楽は、“野庭サウンド(野庭の音楽)”として、地元のみならず、全国、さらには海外遠征に呼ばれるほど愛される存在になりました。
“野庭サウンド”は息づいていた!
伝説となった吹奏楽部の新たな伝説
そんな伝説的な逸話を「ブラバンキッズ・ラプソディー」という本で知り、一度、“野庭サウンド”を体感したいと思ったのが昨年9月のこと。
しかし、野庭高校は、2003年に日野高校と統合(現在は神奈川県立南陵高校)となり、吹奏楽部はおろか、高校自体もなくなってしまいました。諦めかけていたその時に一筋の光となったのが、野庭高校吹奏楽部OB・OGによる“ナカザワ・キネン野庭吹奏楽団”の存在です。
2004年9月に結成された「ナカザワ・キネン野庭吹奏楽団」は、年に2回、8月と3月に演奏会を行ってるのですが、9月にその存在を知った私は約半年待ったわけです笑。
今なお1,000人以上集客する野庭サウンド
「第15回定期演奏会」が開催されたのは、3月23日(土)。第15回という節目の年を迎え、会場は最大2,000人収用のみなとみらいホール(大ホール)でした。
会場に行き、まず驚いたのが人の数。開場前ということもありましたが、すでに長蛇の列ができていました。しかも、並んでいる人たちを見ると野庭高校の活躍をリアルタイムで知らなそうな若い人もチラホラ。
開演時間に近づくと、座席はほぼ埋まり、少なく見積もっても1,000人以上。すごい!
定刻通り始まると、最初の曲はJ.スウェアリンジェン作曲の「インヴィクタ序曲」。リズムカルで勇壮なメロディに心を掴まれます。生演奏の音の迫力も凄かったです。
そして2曲目は、日本のお祭りを彷彿とさせる美しく幻想的で、エモーショナルな気分にさせる「吹奏楽のための花祭り」。1曲目とのギャップで、またやられます笑。セットリストが絶妙です。
曲間には、司会兼音楽監督の杉本正毅さんによる解説や選曲の理由も入り、吹奏楽シロウトの私にもすごく分かりやすかったです。
3曲目、4曲目は、中澤忠雄さんと親交が深かった汐澤安彦さん(東京吹奏楽団名誉指揮者・東京音楽大学名誉教授)が客演指揮者としてタクトを振り、「フローレンティナー・マーチ」と「エル・カミーノ・レアル」を演奏。会場の空気もいい意味で緊張感が高まり、演奏もより良いものに感じられました。
そこまでで一部は終了。4曲で既に野庭サウンドに魅了されたワケですが、第二部では、音を楽しみ、楽しませるという意味で加速していきます。
76本のトロンボーン
蘇州夜曲
セレナータ
ユー・レイズ・ミー・アップ
ディズニー・メドレー2
と新旧の名曲たちを次々と演奏。
そして10曲目は、野庭高校吹奏楽部の代名詞と言われてきた「ブラジル」を客演指揮者の汐澤安彦氏に託し、披露しました。
故・中澤忠雄さんと縁が深い超一流の指揮者のタクトで、伝説の吹奏楽部のOB・OGたちが卒業して短くない年月を経た現在に、代名詞的な曲を楽しそうに演奏している姿は、中澤忠雄さんが生徒たちに伝えた音楽の真髄を見た気がしました。
アンコールでもさらに3曲が演奏され、全13曲の定期演奏会は終わりました。
“当たり前”じゃなかったOB楽団の創設
ちなみに今年で15回目を迎えた定期演奏会。OB楽団である「ナカザワ・キネン野庭吹奏楽団」の創設から丸15年が経つワケですが、「ブラバンキッズ・オデッセイ」(「ブラバンキッズ・ラプソディー」の続編)という本を読むと、この楽団の創設もまた奇跡であることがわかります。
というのも、96年に中澤忠雄さんが亡くなった後、幾度かOB楽団の創設話は持ち上がったそうです。しかし、実現しなかったのは部活をしていた頃と比べて満足な練習時間が取れない中で演奏クオリティの担保ができるのか、中澤先生の名を汚すことにならないかなどの懸念があり、立ち消えになっていたといいます。
そうした中、創設のきっかけとなったのは、中澤忠雄さんの奥さん・中澤信子さんの死でした。中澤さんの生前、吹奏楽部の生徒たちは、頻繁に中澤さんの自宅にも通っていたといいます。その時に優しく手料理をもてなしてくれたのが、信子さんでした。時に生徒たちの相談役となり、また別の時には、先生と生徒たちとの橋渡し役になったりと、野庭高校吹奏楽部の起こした奇跡を影で支え続けた人でした。
中澤忠雄さんが亡くなったあと、信子さんは、上大岡で小料理屋を始めます。そしてその店は、社会へと飛び立ったOB、OGたちの羽を休める場としても機能していました。しかし、2004年8月に信子さんは急逝。さらに前年には野庭高校は日野高校との統合により、南陵高校になり、すでに現在進行形の野庭高校吹奏楽部も無くなっていました。そうしたタイミングも重なり、信子さんが願った“野庭の音楽を残して欲しい”という思いを形にしたいと、2004年9月に楽団が創設されました。奇しくも“野庭の音楽を残したい”というのは、中澤忠雄さんの思いでもあり、吹奏楽部に青春をかけた生徒たちの思いでもありました。
懐古趣味ではなく、覚悟を持った創設。さらに楽団のあたまに“ナカザワ・キネン”と付けることで、責任も負うわけです。
「ブラバンキッズ・オデッセイ」では、OB楽団結成から2年目までで話を終えていますが、さらに月日がたち、23日の第15回定期演奏会へと繋がります。
定期演奏会をするからには、数十人規模の演奏者が必要で、当然練習も必要です。ましてそれぞれの仕事、生活がある中でOB楽団を15年も運営してくることがいかに大変か、これもまた奇跡だなと思います。
ちなみにこぼれ話として、このOB楽団で中心的な役割を担う人たちの中には、惜しくも全国大会に行けなかった代の方々が意外にも多かったのが印象的でした。中澤忠雄さんが、全国に行けなかった生徒たちに「いつか人生の糧になる日がくる」と語っていたのが、実現した格好になります。
また、OB、OGの方々は様々進路を歩んでいくなかで、音楽を教える側になった人も少なくないといいます。野庭サウンドは様々な場所で、進化し、形を変えながらもしっかり息づいているんだなと思いました。
●演奏会予定
ナカザワ・キネン野庭吹奏楽団
・8月演奏会
2019年8月12日(祝)
横浜市栄公会堂
開場:13:30~
開演:14:00~
入場無料(整理券が必要です)・第16回定期演奏会
2020年3月21日(土)
鎌倉芸術館 大ホール
開場:17:15~
開演:18:00~
入場料未定